日本全国でお花見を楽しむ人は約3000万人と言われています。 プロ野球の1年間の観客動員数が約1400万人なので、2倍以上の人がお花見を楽しんでいる計算になります。 昔から日本人は冬が開けて春になった事を喜び合い、その象徴である桜の花を見て喜ぶという事を行っています。もっとも奈良時代の花見というと桜より「梅の花」の方が多かったようです。当時は花を見ながら風流に俳句などをしたためるのが基本でしたが、それを飲めや歌えの宴会にしてしまったのが豊臣秀吉で、当時支配していた諸国から珍しい物を集め大宴会を開いています。この宴会の為に多くの出費があり、九州の島津藩などは莫大な借金を作ってしまい、その負債が江戸時代中期まで残っていたそうです。 東京の花見の名所、上野の山は5代将軍・徳川綱吉が比叡山延暦寺を真似て築らせたもので、当時は東の比叡山という意味で「東叡山」と呼んでいた。そして、比叡山の近くにある湖・琵琶湖を真似て作られたのが「不忍池」。 このサクラを愛でるという習慣は日本人ならではの感覚らしく、ノーベル文学賞作家キップリングが来日した時、ちょうど春だったので通訳の日本人が「日本の風物に触れるため花見をしてみませんか?」に誘ったが「人間はピクニックをするために生きるのではない」と断ったそうです。 サクラの木で一番ポピュラーな品種は「ソメイヨシノ」ですが、これは江戸時代、駒込にあった園芸屋さんが作りだした新品種で、現在日本各地にあるソメイヨシノはその時に出来た1本の木がルーツになっています。ソメイヨシノという名前のソメイというのは駒込の染井村で出来た事から付けられているのですが、ヨシノというのは当時、桜の名所と言えば京都の吉野が有名だった事から「吉野から取り寄せた桜です」とニセブランド商品として売り出すために付けた名前だったのです。ソメイヨシノは吉野に咲いているサクラとは品種が違う山桜がベースになっているそうです。◆うんちく王のページ⇒「知泉」