実は日本では明治時代になるまで、行楽のための「海水浴」というものはありませんでした。
明治時代になって、海水浴が盛んになったのはドイツで発表された『海水に浸かる事は健康によい』との学説を受けてのものでした。
その時代は「海水浴」とは呼ばず「潮湯治(しおとうじ)」と言って、リュウマチや脚気に効くと言われていました。
元祖「海の家」は、1929(昭和4)年7月10日、神奈川県逗子市に作った『海水浴客休憩所:海ノ家』というもの。
この時は9月15日まで大船駅から逗子駅までの乗車券と海ノ家の利用切符をセット販売したそうです。
1888(明治8)年7月18日、海水浴の混浴禁止令が出されています。
裸に近い服装で男女が戯れるのはいかん!ということだったのですが、それらが守られることはあまりなかったようで、何度も混浴禁止令が出されています。