慶応3年11月15日:幕末に大活躍した坂本竜馬がこの日、暗殺されています。今日は坂本龍馬のうんちくを・・・。
坂本龍馬は海外の文化をいち早く取り入れた事でも有名ですが、日本初の株式会社を作った人でもあります。その株式会社は「亀山社中」といって、その時の大株主は薩摩藩でした。
給料は平社員も社長である坂本龍馬も一律3両2分、現在の金額だと約20万円という所です。もっとも同時代に活躍していた新撰組は、幕府から給料が出ていたのですが、局長の近藤勇は50両、副長の土方歳三は40両、一般の平隊員も亀山社中の3倍、10両ほどを受け取っていたそうです。
さらに、坂本竜馬は日本で初めて「新婚旅行」という物をした人でもあります。その数ヶ月前に寺田屋で襲撃された時に右手を負傷しており、その傷を癒すために新妻のおりょうと九州へ温泉旅行に出かけ、阿蘇山などに登っています。
坂本龍馬の写真や銅像は右手を懐に入れているポーズが有名ですが、それは寺田屋で受けた傷を隠すためだと言われています。
ところで、坂本龍馬の残した名言として「ドブの中でも前のめりになって死にたい」というセリフがあります。実はこんな事を本人が語った記録はない。後に書かれた物語の中で創作された「いかにも」なセリフなのです。この台詞が初めて世に出たのは、当時の文書でも、司馬遼太郎の小説でもなく、熱血スポーツ根性漫画『巨人の星』で星飛雄馬が「坂本龍馬がこんな事を言っている」として語ったのが一番古い文献らしい。実は原作者・梶原一騎の創作したセリフだったのです。