1931年2月5日、77年前の今日、東京航空輸送会社が日本初のスチュワーデス採用試験を行う。
現在はフライトアテンダント、あるいは客室乗務員などと呼ばれていますが、この時はバスには「バスガール」、エレベーターには「エレベーターガール」と名付けられていた事から「エアガール」と呼ばれて いました。
日本初のスチュワーデスは141人の中から選ばれた3人の女性だったのですが、全員ナースの資格を持っていました。
実は世界初の女性乗務員は前年の1930年にアメリカのボーイング・エアトランスポート社による物ですが、彼女たちも全員ナース出身でした。イザという時に何でも出来る事が求められたためにナース経験者が採用されたのですが、さらに飛行機を格納庫に出し入れする時の誘導、荷物の積み込み、燃料の給油までが業務として義務づけられていました。
初フライトは1931年4月1日からでこの時に搭乗した飛行機は6人乗りの水上飛行機だったのですが、その飛行機には当時の逓信大臣も搭乗していました。その人物は小泉純一郎さんの祖父・小泉又次郎さんです。ちなみに小泉又次郎さんは鳶職出身の政治家で、その鳶職時代に背中に龍の入れ墨をした事から「入れ墨大臣」と呼ばれていた人です。
そんな形で始まったスチュワーデスの仕事ですが、それから1ヶ月後の4月29日、3人のスチュワーデスは全員「仕事がきつすぎるワリに給料が安すぎる」と退職してしまったそうです。
◎まとめ
77年前に誕生した日本初のスチュワーデスは、全員ナースの資格を持っていた!!