1964年2月6日、大相撲「ハワイ場所」がホノルルで開幕する
※現在もハワイでの相撲は大人気なのですが、1964年に「ハワイ場所」という巡業イベントがはじまり、ハワイでの人気が決定的となりました。
このハワイ場所は、ハワイで相撲が人気だった事から行われましたが、記録を探すともっと古い大正時代にハワイに移民した日本人向けに巡業が行われています。
その時に、下っ端力士3人がハワイの気候の良さや、待遇の良さから「もう帰りたくない」と逃げ出してしまいました。
※その中の袖ヶ浦(そでがうら)はマウイ島でレストランを開き大成功となり、3人で相撲教室を開いたことがきっかけでハワイでは相撲をとる人が多くなったのです。
でも、もっと昔、明治時代にアメリカへ相撲の巡業を企画したプロモーターに対し、国会では《あのような裸で行われる野蛮な格闘技を国外に持ち出すのは国辱物だ》と議論になった事もあります。
しかし、現在は欧米でも相撲ファンは多く、インターネットの検索サイト「Yahoo!」を創設したスタンフォード大学の学生デビッド・ファイロとジェリー・ヤンの2人も相撲マニアでした。
そのために、使用マシンをデビッドは「アケボノ」、ジェリーは「コニシキ」と名づけていました。
そんな相撲ですが、神聖な国技として、力士には礼儀や品格まで求められるといったちょっと窮屈そうな世界だったりします。
でもそんな中、泥酔状態で土俵に上がった国登という力士がいます。
相撲史に名前を残しているんですが、その国登はたけし軍団のグレート義太夫の叔父さんです・・。
まとめです
ハワイで相撲が盛んなのは、大正時代にハワイ巡業した力士が逃げ出し、そのままハワイに住み着いて、相撲を広めたから!!