1908(明治41)年3月5日、100年前の今日、時事新報社が日本初のミスコンを開催しました。
全国から「良家の淑女」を対象に写真を募集し、写真だけで審査して、3月5日に審査結果を公表したんです。この時、1等に選出されたのは小倉市長・末弘直方の四女・末弘ヒロ子さんで、当時、学習院女子部3年に在学中の16歳でした。
先日「在学中の芸能活動禁止」を破りアイドルデビューした子が高校を退学となって、裁判を起こしたという話があったのですが、このコンテスト参加も学習院で大問題となり、優勝した末弘ヒロ子さんは退学処分になってしまいました。実はこのコンテストに応募したのは彼女の姉の旦那で、本人は応募されていた事も知りませんでした。
退学を決めたのは当時、学習院の校長をしていた乃木希典(いわゆる乃木将軍)だったのですが、これも彼女が話題になった時にPTAから「あのような物に参加する人物を一緒に通わせるのは反対です」とクレームが多かったためです。元祖モンスターペアレントですね。という事で元祖ミスコンの優勝者は悲劇に見舞われたわけですが、後日談もあります。彼女に退学処分にせざるを得なかった乃木校長は、彼女に結婚相手を探してあげます。相手は伯爵家の子息という玉の輿で、さらに乃木校長はこの結婚式の仲人も務めています。
昨年、静岡出身の森理世さんがミスユニバースで優勝しましたが、日本人が世界に通用すると話題になった最初のミスコンは、1953年にミスユニバース3位に輝いた時です。この時の優勝者は伊東絹子さんでしたが、この時「八頭身美人」という言葉が流行しています。さらに、この伊東絹子さんの名前にあやかった商品に、冷蔵庫の匂い消しで有名な「キムコ」があります。世界に通用する名前という事らしいです。
それでは、まとめ
冷蔵庫の匂い消し「キムコ」は、初代ミスユニバースに入賞した伊藤絹子さんの名前にあやかって付けられた!