きょうは12月3日



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みのりのちからこぶバックナンバー






























らぶらじ日記



6月2日  本能寺の変

 

天正1062日、本能寺の変が起こっています。これにより織田信長死す:享年49

 

この62日というのは旧暦で、現在の暦だと621のことでした。つまり梅雨時に起こった事件だったんですね。
この3日前からドシャ振りが続いていて、その晴れ間を狙って明智光秀が本能寺に奇襲をかけたとされています。

この「本能寺の変」を、NHKの『その時、歴史が動いた』という番組で取り上げたことがあるんですが、番組上では、このシーン、雨が上がったという演出で夜空に満月が映し出されていたのですが、その直後からNHKには抗議電話が殺到しました。
実はこの事件が起こった62日というのは陰暦で、陰暦というのは月の満ち欠けによって日付が考えられていたため、1日はもっとも月が欠けた闇夜で、2日の空に満月が登場するとは絶対あり得ないという事から、抗議電話殺到となってしまったのです。


この「本能寺の変」が起こった原因は政治的な物だとか色々言われていますが、織田信長の口の悪さが原因という説があります。織田信長の家臣だった豊臣秀吉は時代劇などでは「猿」と呼ばれていますが、残されている手紙などでは「はげねずみ」と呼ばれています。

明智光秀は髪の毛が軟らかくて薄く、チョンマゲを結ってもすぐ崩れてしまう事から、柑橘類のキンカンに似ているという事で、織田信長が明智光秀を「きんか頭」と呼んでいたそうで、これが謀反の原因ではないか?と唱える方もいるそうです。

ちなみに「本能寺の変」から生まれた言葉に『三日天下』という物がありますが、これは織田信長を倒した事により戦国時代の頂点にたった明智光秀がすぐに倒されてしまった事から出来た言葉ですが、実際には3日ではなく11日ほど逃げ回っていました。

その明智光秀を倒すために豊臣秀吉が待ちかまえた場所が「天王山」なので、最終決戦をする事を今でも「天王山」と呼ぶようになったり、他にも「敵は本能寺にあり」という言葉が今でも言われるように、歴史の大きな転換期となった事件だったのです。

 

本能寺の変から生まれた言葉「三日天下」は、本当は「11日天下」だった!


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