1977年08月06日、31年前の今日、松本零士原作のアニメ「宇宙戦艦ヤマト」の映画版第一作目が封切り
この映画はテレビとして放送された物が再放送でジワジワと話題を呼び、大ブームになった事からそのテレビ版を再編集した作品で、日本映画ではじめて「徹夜で並ぶ」という事が起こった作品です。それまで子供向けとされていたアニメに高校生・大学生が飛びつき、ファンクラブなどを結成した事で「第一次アニメブーム」として現在のアニメが世界に誇る輸出品となったキッカケになりました。といっても実はテレビ放送された「宇宙戦艦ヤマト」は視聴率が悪く、途中で打ち切りになっています。というのも、当時日本テレビで放送されていた「宇宙戦艦ヤマト」の裏番組が、フジテレビがアニメ「アルプスの少女」、TBSが「猿の軍団」、とかなり強力な番組があったためと言われています。(他にもNHKが三波伸介さんの満点パパで人気だった「お笑いオンステージ」、NHK教育が「セサミストリート」、テレビ朝日が「スターものまね大合戦」、テレビ東京が「ディズニーワールド」)この「宇宙戦艦ヤマト」の目的地は『イスカンダル』という星だったのですが、実はイスカンダルというのは「アレキサンダー大王」をアラビア語読みをした「イスカンダリーヤ」から取られている。このイスカンダリーヤからは足が速い人の事を指す「韋駄天」という言葉も誕生しています。ちなみに大事な使命を背負って宇宙を旅する船が「戦艦ヤマト」に決まったのは、最初出来上がった船のデザインが「これって戦艦長門に似ているね」と言われていたのが「でも長門はマイナーだから、大和にしよう」という理由で大和に変更されたそうです。