■1月31日 急転直下 江川、阪神と契約
・江川卓は1955年5月25日生まれ。53歳。福島県いわき市生まれ、栃木県小山市育ち。作新学院高等部のエースとして完全試合2回、ノーヒットノノーラン9回など数々の記録を残し「怪物」と呼ばれた。高校三年の秋(1973年)、阪急ブレーブスからドラフト1位指名を受けるが入団を拒否。法政大学4年の秋(1977年)、クラウンライターライオンズからドラフト1位指名を受けるが、入団を拒否。
・大学卒業後作新学院職員としてアメリカ留学。1978年ドラフト会議の2日前に帰国し、ドラフト会議前日巨人と電撃契約。当時の野球協約では『ドラフト会議で交渉権を得た球団がその選手と交渉できるのは、翌年のドラフト会議の前々日まで』とされていた。野球協約の抜け穴を付いた形だが、当時のセ・リーグ会長はこれを無効とする裁定を下した。その抗議として、巨人はこの年のドラフト会議をボイコットした。
・ドラフト会議で江川は4球団の1位指名を受け、抽選の結果阪神が交渉権を獲得。金子セ・リーグ会長は「江川問題は、できればキャンプ前にトレードで解決して欲しい」との"強い要望"を提示。巨人・阪神と江川はこれに従った。
・昨年黄桜のCMで江川と小林が共演。二人は29年間一度も口を聞いたことがなかった。江川が「ご無沙汰してます」といい、握手を交わすところからはじまる。先輩である小林が「お互い避けてたのか?」「しんどかったよなあ?」「俺もしんどかったけどな」「二人ともしんどかったな」と語りかけると江川は「そうですね」と一言。
・プロとしては9年間で135勝72敗3セーブ。1984年のオールスターゲームでは8連続奪三振を記録した。最多勝2回、最優秀防御率1回、最多奪三振3回、MVP1回、ベストナイン2回、オールスター選出8回。