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静岡発 そこ知り
静商・静高定期戦 第50回記念
~あぁ甲子園!ライバルたちの白球伝説~
そうだ、街へ行こう!
竹田君・原田のしずおか人情街歩記
7月17日の静岡発そこ知りは、竹田君と原田アナウンサーが静岡の中心街に出かけます。
大きな変貌を遂げようとしている静岡の街中で、今も変わらずに残るものとは!?
静岡商業・静岡高校両校は異なるスクールカラーからライバル校として切磋琢磨してきました。
とりわけ、静岡の早慶戦と言われる定期戦は地元人気を二分する戦いとして注目を集めてきました。
今年は、50回という節目の定期戦。
定期戦の歴史、数々の名勝負など懐かしい映像も盛りだくさんです。
静岡高校と静岡商業の定期戦のきっかけとなったのは昭和5年、当時の静岡中学で行われた天覧野球試合でした。
メンバーの一人として加わった伊藤重久さん(92歳)は、地に足が着いていなかったと当時の思い出を鮮明に振り返ります。
静高OBの望月富夫さん(56歳)は、1970年ピッチャーとして夏の甲子園に出場しました。
一回戦で大敗を喫し、苦い思い出ともなりました。
しかしひたむきな高校生の姿が大好きな望月さんは、審判となり再び甲子園の舞台に立ちました。
静商OBの鈴木誠さん(50歳)は、第二期黄金時代を築いた一人です。
鈴木さんにとって忘れられないのが、プロに進みながらも若くして病死した久保寺雄二さんとの出会いです。
鈴木さんは、久保寺選手の写真を常に持ち歩き、後輩の応援でも一緒に勝利を祈ります。
静高OBの増井一之さん(60歳)は、野球部の出身ではありません。
しかし、母校の野球部を長年に渡って熱心に応援してきました。そのトレードマークがシーツで作った手作りの旗です。
40年以上にわたって使い続けた旗には、数多くの選手の名前が記され、まさに静高野球の名物となっています。
静中時代のユニフォーム。天覧野球試合で着ていたものと見られます。
大正15年、初めて静中が全国優勝したときのウィニングボール。
英語のメッセージがつい最近書かれたようにはっきりと残っています。
今年4月に行われた定期戦の集合写真です。
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