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2006年7月4日 太宰治と三島の街の関わり


 

7月4日(火)、「太宰治と三島の街の関わり」についてリポートしました。

 

太宰治は、東京帝国大学の学生だった昭和9年の夏、酒屋に居候する形で、三島に2カ月ほど滞在したそうです。

 

その滞在先の酒屋のお嬢さんが、75年たった今も、ご健在で、今回お話しを伺うことができました。「兄とは良くお酒を飲んでいました。背が高くて、礼儀正しい好男子。俳優で言うと池部良さんのようでした。『小説が出来上がりそうだ』って喜んで帰っていきましたよ」と、斎藤あいさんは、太宰の滞在を振り返りました。

 

その三島で書いた小説というのは、「ロマネスク」という作品で、それが『二三の人にほめられて、私は自信のないままに今まで何やら下手な小説を書き続けなければならない運命に立ち至りました。三島は私にとって忘れてならない土地でした。私のそれから八年間の創作は全部、三島の思想から教えられたものであると言っても過言ではない程、三島は私に重大でありました。』と、太宰は、8年前の三島滞在を題材にした、短編「老(アルト)ハイデルベルヒ」の中で書いています。

 

「老(アルト)ハイデルベルヒ」には、斎藤あいさんがモデルになっていると思われるシーンもあります。『さいちゃんは振り向いて笑い、「私は男はきらいじゃ。」とやはり大声で答えて、(中略)妹さんは、たった二十歳でも、二十二歳の佐吉さんより、また二十四歳の私よりも大人びて、いつも、態度が清潔にはきはきして、まるで私達の監督者のようでありました。』と。

 

斎藤あいさんの旧姓は「坂部」。あいさんの兄は「坂部武郎」さんという人で「老(アルト)ハイデルベルヒ」には、「高部佐吉」「さい」という名の兄妹として登場します。これは一種のアナグラム(=字謎遊び)で、本当は「坂部」のところを「高部」として、取り除いた「サ」の音を、「佐吉」「さい」という、架空の名の頭へ移したということなのではないか、そして「高部」の「タ」は、「武郎」の頭の音から持ってきたのでは、と思うのです。

 

今回のリポートの中で、太宰と三島の関わりについて調べている人の中に「三島が、太宰を癒したのだろう」と言う人がいましたが、僕は、太宰が「三島の街から(あるいは風景から)教えられた」ではなく、回想部分の締めくくりとして「三島の『思想』から教えられた」と書いている以上、「癒し」というようなふわっとした影響ではなく、三島の人の生き様が、鋭く重く激しく影響を与えたのだろうと考えるのです。その影響を与えた代表的な人物が「坂部兄妹」なのであって、だからこそ、その人が実際にどう生きている誰なのか、辿ろうと思えば、そう出来る形で、ネーミングしたのではと思うのです。

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