羽根田さんは、気持ちに余裕ができ、景色もゆっくりと見えるうえ、全部がクリエイティブな1日だから、新しい発見がでてくる、と感想を語っていました。
羽根田さんの工房では、手漉き和紙の研究や教室をひらくなど、未知の自分に挑戦しています。
羽根田さんは、自分が一足先にこういう事やっているが、団塊の世代の人たちにも絡んできてもらいたいし、このような空間をつくっておけば、同世代の人が寄って来てくれるのでは、と語っていました。
県では「デュアルライフ」と名付けた「2地域居住」事業を進めています。企業を通じて、退職間近な社員に農山村の魅力をアピールしていこうというものです。
県農山村整備総室の岡本 伸子 技監は、山で生活できなくなった若い人が都会に出ていくとことで、人口は減少し、残ったお年寄りだけでは、十分に山や農地の管理が出来なくなり、最終的に集落そのものがなくなってしまう。そのため、優秀な人材が多い、団塊の世代の方たちを、疲弊している農山村のほうに振り向ける狙いがある、と語っていました。
農地を借りている一杉さんは、毎日わくわくしていて、定年する方にとっては、農作業が一番だと思いますと、話していました。
ヒラオカ農園の平岡 良宏さんは、団塊の世代は、あと数年で生産人口から外れていくが、実際は70~75歳までは十分活躍できるので、仕事の続きじゃなくて、趣味でなく実益もあるようなものというのは楽しいのでは、と話していました。
都会から移り住む人が多い松崎町です。今年度から「田舎暮らし支援事業」をスタートさせました。
松崎町役場の森 秀己 課長は、都会の方が松崎町に住みたいという方が非常に多くて、町内の空き家調査をしたら200件以上あり、空き家をなんとか埋めて定住して貰いたいので、いっそのこと田舎暮らしを希望する人のために、行政で何かシステムを構築できないか、ということを考えているそうです。
松崎町には、既に都会から移り住み、田舎暮らしを楽しんでいる人たちがいます。
高田 啓冶さん55歳。高田さんは12年前、サラリーマン生活にピリオドをうち、東京から松崎に移り住みました。緑に囲まれた自宅で、コーヒーの焙煎を仕事にしています。高田さんは、外の緑は東京では見られないので、ここでよかったと話していました。
戦後のベビーブームに生まれ、常に社会現象の中心で全力疾走してきた、「団塊の世代」。全ての責任から、時間から、開放されたい。いつかは自分が本当に幸せだと感じる時間を、せめてリタイヤ後にだけでも持ちたい。団塊の世代が、次なる居場所探し、仲間探しに動き出しています。